スマホで撮った写真、どれくらい見返していますか。
何千枚もの写真が、カメラロールに眠っています。撮ったときは「あとで見よう」と思っていたのに、気づけば下へ下へと流れていって、二度と開かない。
そんな写真たちと、もう一度「会える」ようにする話です。
スマホの「メモリー」は便利。でも、見ているのは“ほんの一部”
iPhoneにもGoogleフォトにも、昔の写真を自動で見せてくれる機能があります。「メモリー」やポートレート、おすすめのふりかえり。ふいに1年前の写真が出てきて、ハッとすることもありますよね。
便利な機能です。でも、よく考えてみると、表示されるのは、アプリが選んだ一部だけです。
アプリが「これどう?」って見せてくれるの、ありがたいけどね。
うん。でも、自分から「あの頃を全部ふりかえりたい」と思ったときには、結局スクロールして探すことになるんだよね。
見たい時期を、自分のペースで、まるごとめくる。それが、意外とできません。
撮った写真は、見返さなければ「無い」のと同じ
わたしは、こう思っています。見返されない写真は、撮っていないのとあまり変わらない。
データとして残っていても、開かれなければ、その日の気持ちも、笑い声も、フォルダの底で眠ったまま。せっかく残した思い出が、データの海に静かに沈んでいきます。
アルバムは「思い出の索引(さくいん)」になる
紙のアルバムは、ちがいます。
本棚から取り出して、パラパラめくる。目当てのページを探しているだけなのに、その手前で、すっかり忘れていた一枚に目がとまる。「あ、こんなことあったなぁ」と。
本や雑誌をめくっていて、目的以外の記事までつい読んでしまう。あの感覚です。アルバムは、思い出をいつでも引ける「索引」になります。
わが家では、子どもが自分でアルバムを持ってきて「これ見て!」とめくり、目当てのページにたどり着くまでに、家族みんなで何度も寄り道します。
「探す」から「出会う」へ
スマホの中の写真は、「探す」もの。
アルバムの中の思い出は、「出会う」もの。
探しにいかなくても、めくるだけで、向こうから思い出がやってきます。これは、フォルダに整理しただけのデジタルデータには、なかなか出せない体験です。
しかもよくばりアルバムには、写真だけでなく、ひとことコメントや、QRコードでつないだ動画もあります。めくるたびに、その日の声や空気まで、一緒によみがえります。
まとめ|思い出は、しまうものじゃなく、出会うもの
- スマホの「メモリー」は便利だけど、見えるのはアプリが選んだ一部だけ
- 見返されない写真は、無いのと同じ
- アルバムは「思い出の索引」。パラパラめくるだけで、忘れていた「あの日」に出会える
撮りっぱなしで眠っている写真を、いつでも会える形に。それが、よくばりアルバムです。
「これも残したい」を、あきらめない。
思い出は、よくばっても大丈夫。
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